2010年5月31日 (月)

まとめます

このブログは、2008年12月24日 から開始しています。

★★★★★★★
足利直義(徳治2年(1307年)~観応3年/正平7年2月26日(1352年))
「尊卑分脈」に「本名高国」、また「公卿補任」に「忠義」とありますが、これについては、またいずれ。法名は惠源。
室町幕府初代将軍足利尊氏の二歳違いの同母弟であり、幕府草創に当たって、政務の多くを尊氏から任されていました。
建武5年/延元3年(1338年)8月11日尊氏が征夷大将軍に任じられ、同じ日に直義が左兵衛督に任ぜられたことを、「太平記」は「日本ノ副将軍ニ成給ウ」と書いています。
しかし、権限の二分化は結局対立を生み、日本を二分する戦乱と長い社会混乱の芽となったのです。
兄尊氏に、「今生のくわほうをば直義にたばせ給候て、直義あんおんにまもらせ給候べく候」と願われ、
当時において「ゲニゲニシク(誠実で)偽レル御色ナシ」と評されながらも、悲劇的な最期を迎えなければならなかった足利直義とは、どんな人物だったのでしょうか。
★★★★★★★

ということで、mixi内にて足利直義のコミュニティを作りました。
が、ちょっと心許ない所がありますので、backupとまとめの意味合いでブログを作りました。
私の書き込みと、コミュニティメンバーからご教示いただいた事を差し支えないと思われる範囲でまとめています。

このブログへのアップは、コミュニティへの書き込みから数日から数ヶ月後に行っていますのでご了承下さい。
自分のための覚え書きのようなもので、大変拙いですがお目汚し失礼いたします。


なお、この文章は常にブログのトップへ来るようにしております。
足跡を残したいという奇特な方は、こちらへのコメントでよろしくお願いいたします。

※リンクはフリーです。その旨お声掛け頂ければ嬉しいですが、その辺はご自由にどうぞ。
 ご紹介している文献・サイト等の記述についてご利用頂く場合は、原典に当たる事を強く推奨いたします。


※諸説あります直義の生年については、「賢俊僧正日記」の記載に従いました。

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2010年1月23日 (土)

「コミック大河」

「コミック大河」1月25日発刊
http://www.php.co.jp/magazine/taiga/index.php

「新本格歴史コミック誌」 だそうです。
とりあえず日本中世史はありませんが、
小説のコミカライズ・・原作がなかなかです。
いろんな時代を描いてくれているようですので(それでも、まぁその辺?って感じはありますが・・・)、
今後に期待。

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2010年1月21日 (木)

二禁有リノ事

『園太暦』の如意丸が生まれた同じ日の条に、
「左兵衛督背有二禁事」という記述があるのですが、以前これを目にした時、
太平記にも書かれているあの高齢出産と並べて「世上騒動」ってのに、「どんだけ大騒ぎなんだよ」とウケちゃって、「ぷっ」って感じでスルーしてそのまま忘れ去ってしまったのですが、
先日歴史系創作サイト『Cryptomerian』さんにこの「二禁」のお話がありまして、読ませて頂きましたら、
けっこう怖い病気だったんですね・・・。
もうっ、直義様笑ってゴメン!!って感じで、
自分でもネット検索してみたら、これで亡くなってる人がけっこういてさらにびっくりでした。

で、『園太暦』の該当箇所も読み直しましたら、病気は大したことなかったようなのですけれど(でも仕事はしばらく休んでたみたい)、この日直義は熱があって、生まれた赤ちゃんにも会いに行かなかったっぽいです。

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2010年1月10日 (日)

「週刊マンガ日本史13号「足利尊氏」」

朝日新聞出版「週刊マンガ日本史」13号「足利尊氏」
12日発売予定ですが、定期購読分が届きましたので、少し早く読むことができました。

ブログパーツやポスターを見た人たちから言われていた、
「イケメン悪人顔」尊氏。
でもほとんどの登場人物が悪人顔なので、まったくもって気になりません。つかなんでこんなに悪人顔ばかりなのかが気になると言うか・・・。
気になると言えば、
幕府を倒した後醍醐天皇の「いろんなパワー」って、なに!?
まぁその辺りは、ぜひ各自お確かめ下さい。

描かれているのは、鎌倉幕府滅亡から南北朝時代の始まりまで。
直義さまについては、柱に八朔のエピソードが紹介されています。
マンガの方は、このうるさい感じはドラマのイメージなのかな・・?そういう役どころなのね。って感じです。

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2009年12月 8日 (火)

雪を詠む

久々に和歌のご紹介。

「春日社頭公武和歌」は、楠木正成を破った神徳を讃えるために尊氏の発願で勧進されたもののようです。
でもなかなか歌は集まらなかったそうで、尊氏自身、それからかなり経ってからの作品で、直義の作品も尊氏と同じ頃の物です。
強敵を破ったとはいえ、まだ新田義貞や北畠顕家も残っていたし、ゆっくり和歌を詠んでいるどころではなかったって感じですよね。
同じ歌集に載っている公家たちの作品が、割と早い時期に作られていることとの差がおもしろいです。

そんな歌集の中から、「雪」という題で直義が詠んだもの

 さはきつるあらしは雲にしつまりて
 雪になりぬるあけほののそら


上記のような状況を踏まえて読むと、ただ冬の情景を詠んだのではなく、
やっと戦乱が一段落着いて静かになり、これからへの想いが表れているようで、よい歌だと思います。

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